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私だけの赤(2)「企み」

その日の夜6時半。
祐樹は会社の最寄り駅から900mほど離れた雑居ビル地下のパブにいた。
男女数人がカウンター席やボックス席に散らばって座っている。
そのうち、煙草を吸おうとした男の常連客の口元に女の手が伸び、そのマニキュアの細い指先が煙草を取り上げた。
「ここ、先月から禁煙になったの、忘れてた?」
「ちぇっ。ママは厳しいなあ」
「あら、お客さんからもここに寄ったのがバレないように、禁煙にしてくれって要望があったのよ」
「俺は頼んだ覚えないよ。そうか、吸えないのか……でもその代わり、ママのサービス増やしてくれるんだろう?」
「田中ちゃんは、だめ。だって、いつも安いものしか頼まないもの」
ママと呼ばれた女はにっこりと笑って、踵を返す。
タイトスカートから伸びたその足が、カウンター席の一番端のスツールに座る祐樹の方に近付いていった。
「ねえ、そろそろ帰らなくていいの?」
化粧の濃い笑顔で祐樹を見下ろす。
「もう少し、大丈夫だろ。朝機嫌取ってきたから」
祐樹は朝妻に向けた笑みとは違う笑みを顔に浮かべた。
「何、機嫌って」
女は祐樹の隣のスツールに腰を下ろすと、ピンヒールの足を祐樹の足に絡めた。
「君と同じ口紅をね」
「……贈ったの?」
女の目が見開いた。
「何考えてんの。悪い子ねえ……」
女は店内が薄暗いのをいいことに、頭を屈めて祐樹のシャツに軽く口付けた。
「あっ……」
シャツの胸元に、うっすらと赤い色が滲んでいた。
「……宣戦布告、よ。あなたと、あなたの20代の奥さんへのね」
「君も、悪い女だな……」
祐樹は薄く笑うと、女の腰を抱き寄せた。

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