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あの子、転校したんだって(3)

「きゃあああ!」
次の日の朝、学校の教室に悲鳴が響いた。
「待って、待って、助けて、お願い!」
聡美は彫刻刀を持ち、二人のクラスメイトの女子に向けていた。
「助けて、って……誰に向かって、何を言ってるの? あなたの目の前には誰もいないわ。幻覚よ」
「止めなさい! 刀を置いて!」
「先生も、何も誰も見えてないくせに! 私はこの学校から転校していったんだから! 今見える筈ないわ! そうでしょう?」
「ごめんなさい、先生を許して。クラスがせっかくまとまってるから、波風立てたくないって思ってしまったの」
「何も聞こえない! だって私今ここにいないんだもの!」
「た、助けて……お願い、あたしたち、友だちでしょ?」
「勘違いでしょ。いない人に友だちって! あり得ないから!」
聡美は満足そうに笑った。
「白岩聡美は このクラスには いないんでしょ?」
聡美はぐっと彫刻刀を持つ手に力を入れると、叫びながら目の前の姿めがけて突進していった。
「わ た し は い な い ん で しょ!!」

ハッ、として聡美は顔を上げ、人の気配に振り向いた。
聡美は彫刻刀を固く握りしめたまま、校庭にいた。
夕暮れの太陽を背にして、皺の刻まれた目元で優しく笑っていたのは、初老の用務員だった。
「……どうしたの、怖い顔をしているよ」
たった今頭の中で繰り広げた空想にまだ動悸を激しくしながら、聡美は言い訳を探して狼狽えた。
けれども、可愛がってくれた祖父に似た声色に、嘘はつけなかった。
「何でも……」
ありません、とは言えなかった。
言う代わりに涙が零れていた。
聡美は朝礼で言われたことを思い出した。
「火事を……」
用務員はこくり、と頷いた。
そうして、一枚の名刺をポケットから取り出して聡美に見せた。
『特別学校教育調査会』と書かれてあった。
最近できた都道府県単位の学校や教育現場の調査機関で、抜き打ち検査に来た、と用務員は話した。
用務員だけど、用務員じゃないらしい。
この学校のやり方を放置するわけにはいかない、と言った。
「この学校を変えるために、話を聞かせてくれるかな」
優しい声だった。
聡美は花壇前のベンチに泣き崩れ、それまで固く握りしめていた彫刻刀を地面に落とした。
「わっ、私は、この学校に、いない子なのっ……」
聡美が一部始終を涙ながらに話すと、大きな皺っぽい手が聡美の頭を撫でた。
「こんなに長い影があるのに、いない子なんかじゃ、ないよ」
聡美の涙を拭った視線の先には、聡美と用務員の長い影が伸びていた。

(2019,09,07)

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